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小日浦の花咲かじいさん

 

とよのぶさん

出身 南ノ川(小日浦)

お住まい 越知町

いつからに? 昭和45年

あだ名 トンブさん

思い出の歌 さざんかの宿

好きな芸能人 大川栄作

越知町の魅力は? 仁淀川、横倉山

越知町の好きな場所 故郷の小日浦、聖神社、大タヲ山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご自分の山で採った杉の木で、佐川のチェーンソーアートの方に彫ってもらった聖神社の作品。

全て一つの木から生み出された。

 

までの歩み

小日浦で、6人兄弟の長男として生まれる。

父が病弱で家庭を助ける為に、13歳頃から炭焼きをして収入を得る。

その後トラック運転手、県外へ出稼ぎ。

昭和45年に越知にUターン。

48歳の頃、型枠工事のノウハウを身に付け、岡村組を設立。

現在は、ボランティアでオオタヲ山や聖神社の整備をおこなっている。

また一級型枠施工、48歳の頃、国家資格、一級型枠技能士を取得。

 

 

 

 

 

昭和34年 小日浦集落 撮影者 とよのぶさん

 

 

とよのぶさんの【ここすごい

 

荒廃していた山奥の神社を復興させた発起人、今では町の観光名所に。

断崖絶壁の岩のくぼみに切り立つ『聖神社』。

いつ創建されたかは解っていないが、一説には江戸時代後期には存在していたとも言われている。

神社への道のりは険しく、人を拒むような道を吊り橋やチェーンで登ると社殿が姿を現す。

 

明治十二年(1879)に長州大工によって改築された社殿だが、そのままの状態で荒廃していたのを目にしたトヨノブさん。

平成元年に、とよのぶさんや多くの協力者によって修復された。

神主さまがご先祖様ということもあり、なんとか修復したい想いで活動をされた。

​荒れ果てていた聖神社に行くまでの道のりを、多くの方と整備を始めた。

まずは人が通れるように草や木を切る。

吊り橋も多くの方の協力のもと、新設。

資材の運搬は、道が狭いため参道を担いで登る。

切り立つ道に対岸のロープをつけるなど、命がけでおこなわれた。

一筋縄ではいかない作業がおこなわれる中、一番苦労した事は、ロープやチェーンで登る箇所もある、あの険しい参道から小宮を担いで神社まで登ったこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対岸からも社殿が見えるよう、歩道も作られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中の渓谷も楽しんでもらうため、新設された手作りの吊り橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チェーンで登る参道。社が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの険しい道から担いできた小宮。

オオタヲ山について

子どもの頃に見たツツジや紅葉が綺麗で、この景色をみんなにも見て欲しい。

そんな想いで、山の整備が始まった!

今では須崎の海も一望できる見晴らしのいい展望台や、その季節になるとツツジや紅葉を楽しめる越知町の観光地の一つ。

 

しかし、この姿になるまでには山を切り崩し、人が通れるよう道を作ってきた。

多くの方の協力や、時間と労力、そして何よりも、この美しい景色を見てほしという想いがあったからこそ。

案内看板もご自身で作るなど、尽力された。

※現在は、行政が作った案内看板もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

​崖っぷちに登って見る景色も最高

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一展望台からの景色

 

 

晴れた日には須崎の海が一望できる第二展望台

 

大変だった事

 

大タヲ山の第2展望台を建設中、吹雪の突風の中、クレーンで作業した。

命がけの作業だったこと。

聖神社の小宮を皆んなで、下から聖神社まで運んだ事。

 

 

 

 

企画展「越知町のなつかしい写真展-小日浦-」

 

 

聖の里小日浦保存会の協力のもと、自然の森博物館で開催されました.。

(2016年12月23日(祝・金)~2017年2月12日(日))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和30年代の標高100mの小日浦地区の段々畑や、ツツジ、聖神社、祖先であり医者だった、岡村玄斉(1813–1881)が往診のため使用されていた駕籠など、64点を展示。

​当時の集落の様子が伺える。

昭和30年代は40世帯あったが、現在は4世帯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日新聞高知版にも掲載されました

 

 

 

人生で一番嬉しかったこと

48歳の頃、国家資格である1級型枠技能士に合格したこと

人生エピソード

 

その1

 

2017年に開催された全国中学校体育大会の男子ソフトボールで、尾川・黒岩の合同チーム(佐川町)が全国で優勝したことはご存知だろうか。

​このチームの影の助っ人としても貢献されていた。

チームの関係者にお知り合いがいて、彼らの練習の合間のおにぎりに入れる梅(小日浦の母の実家の梅)を提供されていたらしい。

この梅入りのおにぎりを食べて、日々健闘した結果、見事!全国優勝を果たしたのである!!

その2

当時、緑の協力隊で、越知町に来ていた「めぐちゃん」は、とよのぶさんと一緒に山の整備をしたり、オオタヲ山で当時の協力隊のみんなと一緒に炭窯を作った思い出もある。

自分の孫の事を話すように嬉しそうな表情で話をしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後継者は?

仕事面では、次男が1級技能士にも合格して後を継いでくれた。

聖の里小日浦保存会の後継者は、まだ決まらず心配。

 

 

 

尾方のつぶやき

聖神社を案内していただいた日のこと。

あの急勾配の聖神社をスタスタと軽い足取りで行く姿に、遠く後ろで尊敬の眼差しを贈る。すごすぎるーー!

なんかあったらいつでも協力するき!といつも声をかけてくれる聖人のようなとよのぶさん。本当にいつもありがとうございます。

 

ご協力ありがとうございました。

 

 

知のおじやん図鑑

​越知町役場企画課 

地域おこし協力隊 尾方 美貴

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